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信念をつらぬくには

 カテゴリーが観劇記で、「信念をつらぬくには」がタイトルでは、そういうタイトルの芝居を観たみたいだが、そうではない。

 金土と東京で芝居を観てきたが、たまたま共通するテーマを考えるとそうなったということだ。金曜日には紀伊國屋ホールで二兎社「歌わせたい男たち」(脚本 永井愛)。初演に続き、観たのは2回目なのだが、君が代を卒業式で歌わせなくてはいけなくて、様々な策を弄する校長(大谷亮介)に今回は目を奪われた。主役は、伴奏をしなければいけない音楽教師(戸田恵子)と不起立を貫こうとする歴史の教師(近藤芳正)なのだろうけど。

 この校長、若い頃には内心の自由を認めろという論陣をはっていたのだが、校長になるとそうもいかず、歴史の教師を説得する。ところが、若い頃に書いたものを退職した教師にビラにされ、まかれ、起死回生の手段として、屋上に上がり(君が代がたなびき、効果音の嵐がすごい)、大演説をする。おそらく、彼自身も信じていないはずだが、君が代を歌う際に起立しても、内心の自由を侵すことにはならないと滔々と語るのだ。大谷亮介、自由劇場時代にお馴染みだったが、なかなかのよい味。

 土曜日には、紀伊國屋サザンシアターにてこまつ座の「人間合格」(脚本 井上ひさし)。こちらは五演で、前回の四演を観た。題名で分かるように太宰治の評伝劇で、前回新潟県出身の大高洋夫がやった主役を、今回は男闘呼組出身の岡本健一が演じた。実は、第七場に行くまで、「ちょっと発声に迫力がないのでは?」と思っていたのだが、第七場でそれが大きく覆された。その瞬間まで取っておいたのではないかとすら思った。津島家の番頭、中北(辻萬長)が、戦争中は赤嫌いだったのが、戦後、ころりと民主主義を唱えるようになって、それを太宰が涙ながらに批判するところ、「考え方が変わった」と言うなら(友人の)佐藤(山西惇)のように牢に入ったりして苦しんだ末に変われと責めるところだ。

 けれども、永井も井上も、こうして信念を(簡単に)変えてしまう人をただ批判しているのでもないだろう。生きていこうとすると、どうしてもそうした矛盾に陥らざるを得なくなるという悲しさの方がテーマかもしれないな。

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