新潟地方は、台風で1日大荒れ。JRも新幹線以外は、朝から止まっていた。
テレビのニュースも慌てていて、色々、面白いミスがあった。八王子と高崎を結ぶ八高線が止まっているとNHKが報道していたが、「はっこうせん」とアナウンサーが読んでいた。「ああ、そう読むのか。初めて知った」と思ったが、普段、高崎駅などで聞いているアナウンスは「はちこうせん」であることを思い出した。アナウンサーが、あまりにたくさんの路線が運休であることを言わねばならず、間違えたのだろう。
デジタル放送を見ていたら(アナログもそうだったのかもしれないが)、「台風が新潟に再接近」とテロップが出て、「あっ、一時、近づいたのが、進路を変更したのか」と思ったが、「最接近」の間違いだろうと気付いた。と、思ったら、次には「最接近」というテロップに変わっていた。
そんな台風のせいで大慌てになって、間違いが生じるのにならった訳でもあるまいが、朝日新聞で不思議な説を読んだ。俳人の長谷川櫂氏が、俳句はなぜ短いのかを論じているのだが...
何故、俳句が日本で生まれたか? 氏は、ある時、『徒然草』の一節に目がとまったそうだ。「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 家を建てるなら夏向きに。それに続けて、「日本の夏はただ暑いだけでなく、蒸し暑い。そんな国で多くの言葉を使っていたのでは暑苦しい」 だから、「言葉を最小限に切りつめた俳句が誕生した」のだと言う。
絶句してしまった。家を夏向きに建てるから、詩の形式も夏向きになるのだろうか。そもそも、蒸し暑い国はどこでも短い形式の詩が生まれたのか。それに『徒然草』の記述は絶対的なのか? 季節が詩の形式に影響を及ぼすなら、太平洋側と日本海側では、違う形式が生まれてもよさそうだ。
などなど、疑問が浮かぶのだが、最後の段落では、「日本の夏は蒸し暑くて耐えがたいが、だからこそ日本文化の生みの母でもある。その一つが俳句。わかってみると、いたって単純明快な話である」と結ばれる。
本当にわかったのか? 勿論、事実であるのかもしれないが、この論理の進め方は、俳句のように省略が多すぎではないか?
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